Friday, November 29, 2013

将来の夢


将来に何をしたいのかの具体的な考えはまだ思い付かないが、二つの一般的な考えが分かっている。一つ目は仕事についてで、特に職場の義務と責任だ。二つ目は自分の将来の生活だ。

まず、将来、絶対に国際関係の仕事がしたい、特に何らかの形で他の人を助けたい。大学卒業後、国際救助委員会と言う国際救援団体で働いていて、アメリカに着いたばかりの難民や政治亡命を助けた。例えば、その時の責任はその人の履歴書を書いたり、仕事をさがしたり、雇用先と連絡したり、同化プロセスを支援したりした。それは僕の一番やりがいのあることだったと思っている。将来もそのような仕事を続けたい。それは僕の仕事についての夢だ。他の例としては、戦争の影響を受ける人について研究することと新しい生活を支援することだ。この夢を叶えるために、一所懸命に勉強しなければならなくて、自分を信じなければならない。

二つ目は将来の生活だ。僕にとって、住む所は大切な基準だ。僕は小さな町に住むことができなくて、絶対に大都市に住みたい。理由はいろいろな文化が周りにあって、そうすると世界のことをいつも勉強できるからだ。もっといい人間になれて、そうなっていきたいと思う。

両方の夢を叶えてられるか僕には分からない。しかし、誰も分からないだろう。ただ、今までのすべてのハードワークを忘れないで、自分の夢に向かって自分を試してみなければならない。

Sunday, November 17, 2013

忘れられない思い出


僕の忘れられない思い出を考えるなら、子供のころから今までいろいろな出来事を思い出しすが、それぞれの大切な記憶を持っている。しかし、僕の考え方や世界の見方が変わった出来事を選ぶとしたら、 僕の家族に突然悪いニュースが続いた1ヶ月間だ。

その時にたくさんのことが起こった。数週間前に僕の家族はいきなり母の家族から電話を受けて、従兄弟は僕の母の妹が亡くなったと言った。それを最初に聞いた母は僕に電話して、泣きながらおばさんの死について教えてくれた。それまで皆がおばはとても健康だと思っていた。おばんは亡くなる前日に不意に気が遠くなってしまって、従兄弟はあわてて救急車を呼び、入院した。医者は念のためいろいろなテストをした後、よくないニュースが来た。気が遠くなった理由はおばさんの脳に腫瘍が存在していたからだ。医者のすすめで、おばは家に早く帰って、その夜自分の家族と一緒に過ごして、次の日の朝に病院に戻って、腫瘍を取り去るための手術を受けた。しかし手術は失敗して、亡くなってしまった。

僕は大家族なので、それぞれのおばやおじや従兄弟をあまり知らないが、このおばはよく知っている。普通に生きていたおばが、いきなり亡くなってしまった。その時僕は何も考えられなかった。言いたいことが分からなかった。ショックだった。その事件が起こった後、そのニュースがいつも僕の頭の後ろにあるが、その時もう忘れられなかったので、思い出さなかった。

二週間後、父の生体組織診断のための手術があった、医者たちはこの手術は普通なので心配する必要はないと言った。その日、母は僕と姉に病院で一晩泊まる必要はなく、家に食べに帰って 、何かあったら電話してと言った。その夜、誰も電話しなかったので、僕たちはすべて大丈夫だと思っていて、眠りについた。夜中になっても、母は全然連絡しなかったので、変だと思っていた。母は車を運転するのは好きではないから、僕たちが母を迎えに行く必要があった。約三十分後、母は連絡して、ICUで会おうと言った。僕たちはどうしてICUで会うのか分からなかった。医者はこの手術は普通で、危険のレべルは低いと覚えていた。

電話が終わった時、僕たちはすぐに病院に行って両親に会った。ICUで、僕たちは母と会った。医者の言ったことは分かりにくかったが、父はまれな状態で、手術中、父の肺は崩壊してしまったそうだ。その時、医者たちはびっくりして、一所懸命に父の命を助けていた。それは普通の手術ではなかった。手術後、父は手術中本当に死んでしまうと思っていたと言いながら、母の手をしっかり握っていた。

その時思い出したことは二週間前のおばの死だ。この二つの出来事が近い期間内に起こったので、自分の人生を考え直さなくてはなければいけないと思っていた。それまでは僕は自分のやりたいことをしたい。そして幸せな人生を起りたい。それだけだった。しかし、今、それが少し変わった。今、世界の見方や自分の人生の生き方もっとまじめに考えている。なぜかよくわからないが、多分昔より今の僕はもっと年をとってもうすぐ社会人になるからだ。人生の岐路に立っている気がしていて、人生の決定を間違いたくない。将来、幸せを感じない仕事で立ち往生したくない。それは僕の最大な悪夢だ。僕は自分がしたいことは絶対にやりたくて、それを一所懸命にちゃんとする。人生で後悔したくない。

Sunday, October 27, 2013

僕の故郷

僕の故郷はカリフォルニア州のロサンゼルス郡にあるモントレーパークと言う所です。僕が四歳の時、家族はサウスダコタ州のスーフォールズからこの町に引っ越して、大学と大学院時代だけ他の町に住んでいました。

 モントレーパークの人口は六万人で、他のロサンゼルスの町に比べるとあまり多くないと思いますが、土地面積を考えるなら、この町の人口密度は高いです。ロサンゼルスの中にたくさんのモ ントレーパークみたいは小さい町があって、それぞれの町に特別な文化があまりないです。理由は、ロサンゼルスと言うのは、多くの小さい都市が組み合わさっ ているからで、それはロサンゼルスのアイデンティティとなっています。しかし、ロサンゼルスは大都市なので、他のロサンゼルスに住んでいる人に、「僕はロ サンゼルスに住んでいます」と言えば、本当に混乱します。だから、それぞれの地方に名前を付け始めました。 モントレーパークがある地方はサンガブリエル谷で、そこはアジア系アメリカ人の人口が多い所です。特にモントレーパークのアジア系アメリカ人の人口は67%です。中でも中国系アメリカ人の割合は47.7%で、これは全国で最も高い割合です。その上、 ヒスパニック人や白人がいますので、モントレーパークの人口はとても多民族です。

そのため、この町にはたくさんのおいしいアジア料理のレストランがあって、ロサンゼルス市民はこの町に食べに来きます。ロサンゼルスの雑誌や新聞にあるトップ10のアジア料理のレストランはいつも少なくともモントレーパークに一つあります。その本格的なアジア系レストランはモントレーパークの有名なことです。

この町にたくさんアジア系アメリカ人がいるので、旧正月の時、 町の中心部に大きいの祭りがあって、5〜10万人のロサンゼルスに住んでいる人が来ます。この日に、いろいろな露店が出るアジアの文化的なエンターテメントイベントがあります。例えば、伝統的な中国の踊りやカラオケです。


その他にも、モントレーパークには楽しいイベントがたくさんあって(例、 プレーディーハーモニーフェスティバル職人フェアシンコデマヨ祭り桜祭り)、 面白い所もあります(例、 歴史博物館展望台)


 皆さん、ぜひモンテレーパークに遊びに来てください。

Sunday, October 13, 2013

自己紹介

初めまして。ニア·トリンと申します。

現在、カリフォルニア大学サンディエゴ校にある国際関係大学院国際政治学を勉強しております。 ここに来る前にカリフォルニア大学アーバイン校で国際学を専攻し、主に学科は国際紛争と交渉で、地域の焦点はアジアです。その上、副専攻は紛争解決日本語言語と文学でした。

学生時代、新自由主義部落民ロシアの政治経済学の三つの研究プロジェクトをして、卒業後、三か月間倫理と道徳研究センターで研究助手をして、半年間非営利団体で料研究して、三年半国際救助委員会でアメリカに着いたばかりの難民や政治亡命を助けました。それは一番やりがいのある仕事ことでした。

味は音楽鑑賞、旅行、町探索で、その他にコーヒーテーブルの本と服を買ったりします。その上、芸術と写真撮影が大好きで、ティム·ウォーカーやパウロ· ベルシやライアン·マッギンリーの写真を見て、どうやってこの写真の中に魅惑的なファンタジーを捕らえるかといつも思います。きれいな写真に感動して、自 分の想像でさまよいます。しかし、一番の趣味は映画で、いろいろな国の映画や時代映画を見て、それぞれの国の文化と人間の闘争を学びます。 今年(1月から8月まで)は、すでに191本見ました。

将来で何になりたいかまだ決めていませんが、国際関係の仕事が欲しいです。例えば、政治リスクコンサルタントとか政府で情報収集する仕事です。そのために、今できるだけ一生懸命勉強し続けます。

どうぞよろしくお願いいたします。 

Wednesday, October 2, 2013

経歴

2001年9月  マークケッペル高等学校入学
2005年6月  マークケッペル高等学校卒業
2005月9月  カリフォルニア大学アーバイン校社会科学学部国際関係学科入学
2009年6月  カリフォルニア大学アーバイン校社会科学学部国際関係学科卒業
2013年8月  カリフォルニア大学サンディエゴ校国際関係修士課程入学

職歴
2007年9月  カリフォルニア大学アーバイン校Global Connectインターン
2009年6月  大学卒業によりインターン終了
2009年6月  カリフォルニア大学アーバイン校Interdisciplinary Center for the Scientific Study of Ethics and Morality研究助手
2009年10月 期間終了により研究助手終了
2010年1月  国際救助委員会入社就職アソシエイト
2012年6月  The Prometheus Institute入社資料研究者
2012年12月 期間終了によりThe Prometheus Institute退社
2013年6月  大学院進学により国際救助委員会退社

以上

資格

特技
日本語、ベトナム語、コンピューター、タイピング、サクソフォン

趣味
映画、音楽、旅行、町探索